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2010年11月 アーカイブ

日本人の就寝生活の変化

万年床そのものは明治時代にはじまったわけではありません。


しかし、吸湿性の高い蒲団の使用が、かえって日本人の就寝生活の条件を悪くしたともいえるでしょう。


この万年床の慣習は明治後半から大正にわたってようやく改善の方向にむかいます。


しかし、それは衛生思想にリードされたものではなく、押入れ(押しこみともいった)という部屋の多角的使用を目的としたアイデアに導かれた現象でした。


近世の町家や農家などの平面図をみてもすぐ気付くことですが、押入れという、部屋に付属した収納部のある例はまず見当たりませんね。


ですから時代物のテレビドラマなどで、押入れに人がかくれたりする場面があるのは間違いで、もしかくれるならば納戸(なんど)部屋にでもはいった方がいいわけです。


・・・というわけで、押入れが一般化するのは近代のことですが、それもはじめは作りつけでなく、フトンダンスのような家具がいつしか固定化したと思われます。


ともかく、このフトンダンスや押入れの普及によって綿蒲団の収納場所が固定化し、夜がくると「タタミの上にフトンを敷いて寝る」という日本人の就寝風俗が、ようやくにして成立したわけです。


これは明治40年(1907)に雑誌『新小説』に発表された田山花袋の小説『蒲団』の一節です。


押入れの襖を開けるとそこに敷蒲団と夜着とが重ねてあります。


やがて主人公の時雄はそれをとり出して「其の蒲団を敷き、夜着をかけ、……ビロードの襟に頭を埋めて泣く」のです。


ここには明治末年の東京(話の舞台は牛込の屋敷町という設定である)の就寝風俗がえがかれています。


この文中に蒲団が時にわざわざ敷蒲団とも記されるのは、関西で掛蒲団・敷蒲団・羽毛 フトンが使用される風俗の反映ともみてとれるでしょう。

生活改善運動の挫折

日本住宅における生活空間を改善しようとする積極的なこころみは、第一次世界大戦の後にはじめてあらわれてきました。


それは大戦後の合理主義・能率主義の潮流に乗って叫ばれた大正7、8年にはじまる「生活改善運動」で、中世いらいの古い因習につながれていた日本の居住形式打破して、もっと近代的・合理的なものに改善しようという主張をもった運動でした。


その生活改善運動に、住宅形式の改善が中心課題とされたのは当然でしょう。


「住宅改善要綱」の第一項に、「接客本位を改めて家族本位のものとすること」とあったことは、明治時代から大正初期にいたるまで、ずっと温存されてきた住宅における封建的な空間構造が、ようやく反省されるようになったことを物語っています。


この運動は、大戦後における平和産業の復興の波に乗って進展しました。


その上、大正12年の関東大震災による住宅再建の好機をえたことも幸いして、いやが上にも、大規模な国家的運動の観を呈することとなりました。


しかし、その結果はどうであったかというと、いわゆる「文化住宅」―赤い屋根、モルタルの壁、カーテンつきのガラス窓、椅子・テーブル式で畳のない屋内、とりつけ式のベッド―という、西洋まがいのオモチャのような小住宅などでした。


また、「アパート」という、それをもう一段と圧縮した薄っぺらな共同住宅が、まるで雨後の筍のように群立する景観を現出したのです。


それはたしかに無駄のない、能率的な、そして何となく文化的な匂いもある建物ではありました。


そして、台所とか寝室には、かつての住宅とは比較にならない比重がかけられ、そうした意味ではたしかに健康的、合理的な住宅というべきものでもありました。


しかし、同時にそれは、日本人の生活様式に占める歴史的な伝統の重みとか、日本の自然や土地の風向によって磨かれた羽毛 布団 販売などの生活感覚とかを一切無視した、いわば精神的な砂上の楼閣でもあったのです。


したがってその結果は、震災直後の一時的な復興ブームがおさまると、「文化住宅」の名は、まるで安物建築の代名詞のような蔑(さげすみ)の言葉にかわってしまい、汚名とともにはきすてられてしまったのでした。

布団を敷いて寝る生活のはじまり

こうして、畳の座敷にフトンを敷いて寝るという生活様式が、ふたたび日本人の生活の主流として返り咲いたのでした。


―わたしは大正の生活改善運動そのものが間違っていたとは考えていません。


しかし、その主張にあまりにも忠実であった住宅改善の敗北という事実は、歴史的環境や自然的風土の中に深く根を下した人間の生活というものの実体を、かえって雄弁に物語っているのではないかと思うのです。


明治10年(1877)に来日して日本の生物学や考古学に大きな足跡をのこしたエドワード・モースは、真面目な学究的態度で日本人の家屋と生活環境を観察しました。


それを、"Japanese House and Their Surroundings"1866(日本人の住居とその生活環境)という名著をのこしています。


モースは桂離宮や日光東照宮にいきなりとびつくようなことをせず、普通の日本人の生活を公正な客観的態度で観察しました。


そこで実際に暮らし、アメリカやヨーロッパの羽毛 布団 通販や住宅と比較し、体験と観察とを基にしてこの書物を綴ったのです。


しかもこの書物はヨーロッパの知識人のあいだでセンセーショナルな関心を巻きおこしたのでした。


大正末期の生活改善運動と比較して、何と深く正しい見識に貫かれていることか、日本人自身が日本をもっと客観的に正しく見ることがいかに必要であるかを教えられる書物です。

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